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数学メモノート digest

大学生 数学をなんとなく

【数学の考え方(全六回)】第二回  ≦ と < の小さな違い・大きな違い ~数学の厳密さ~

数学の考え方とは?

「数学の考え方」では,全六回に及び

 

数学をイチから学ぶ際に役立つ「根底の考え方」
今後めちゃくちゃ重要になる「数学の基礎」
 

を丁寧に解説していきます.

数学の「基礎中の基礎」から取り扱い,少しずつステップアップしていくので,

 

数学が苦手で「どこからやり直せばいいのかわからない」中高生の皆さん
算数・数学を学びなおしたい大人の方々
数学が好きなそこのあなた

 

などなど,皆さん大歓迎です!

ぜひ,私と一緒に楽しみながら数学していきましょう!

全六回の記事一覧です.

      • 第一回 たし算・かけ算から学ぶ計算のしくみ
      • 第二回  ≦ と < の小さな違い・大きな違い(←now!!)
      • 第三回 小中高の算数・数学からわかる!一般化のはなし
      • 第四回 幾何学はたった「5つの約束」でできている!?
      • 第五回 もう忘れない!必要条件・十分条件の見分け方
      • 第六回 必見!!こんなに面白い数学史

それでは,Let's math!

不等号のはなし

皆さんは「不等号」と聞いたら,何を思い浮かべますか?

 

きっと多くの方は,ひらがなの「く」のような記号を思い浮かべるでしょう.

(ex)

a < b:aはbより小さい(bはaより大きい)

a > b:aはbより大きい(bはaより小さい)

a ≦ b:aはb以下(bはa以上)

a ≧ b:aはb以上(bはa以下)

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etc. 

「等号」という単語の頭に打消しの「不」がついているので,不等号は「等しくないこと」を表す記号だと考えている人が多いと思います.

 

しかし,その解釈は少しだけ不正確です.

(ex)

1は2より小さい(2は1より大きい) → 1 < 2

1は3以下(3は1以上) → 1 ≦ 3

4は4以下(4は4以上) → 4 ≦ 4

三つ目の例は,等しい数字が不等号で結ばれていて少し違和感を覚えるかもしれません.

しかし,実はこの表記も数学的に正しい!

 

不等号の本質は「大小関係を表すこと」なのです.

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このように,言葉で説明する代わりに不等号を用いると,主張する内容をとても簡潔な形で述べることができますね.

体験談

ここで一つ,第二回の導入ついでに,個人的な体験談を紹介します.

 

これは,私が中学1年生の頃の出来事です.

 

授業の合間の休み時間,私は数学の先生に次のような質問をしました.

「x < 100 と x ≦ 99 って同じじゃないんですか?」

Q.

「x < 100」「x ≦ 99」

2つの式の違いは何でしょうか?

振り返ってみると,これほど「アタリマエ」な質問はないでしょう.

しかし当時の私は,この2式の違いが何か,純粋に気になっていました.

 

先生は,こんな「アタリマエ」な質問に対しても

99.5はどうかな?」

と,優しく答えてくれました.

A.

99 ≦ x <100 の範囲が含まれているかどうかの違い

その返答を聞くや否や,私は誤りを自覚し,お礼を言い,恥ずかしがりながら先生の元を去るのでした...

 

この「一見アタリマエに思える質問」も,実はきちんとした意図がありました.

私は当時,二つの不等式を「整数の世界」で考えていたのです.

 

実際に,整数の世界で二つの不等式を比べてみましょう.

x < 100 は「100より小さい整数」つまり,99,98,97,... 

x ≦ 99 は「99以下の整数」つまり,99,98,97,...

どちらも同じく,99以下の整数を表しています.

 

つまり,

実数の範囲では意味の異なる不等式が,整数の範囲では同じ意味になる

ということです.

 

先生の返答を聞いたとき,私は初めて「数学」というものを肌で感じました. 

この経験を通して,私は「整数の世界」の住人から「実数の世界」の住人になり,

とびとび(離散的)な心が,なめらか(連続的)な心に成長したのです.

 

以上が私の体験談でした.

 

思えばこの質問が,数学の道を志すことになったターニングポイントだったのかもしれません.

第一回の記事で述べた「アタリマエを疑う」姿勢は,この体験をもとに書かれています.

 

話は変わりますが,先ほどの質問を少し変え

Q.

「x < 100」「x ≦ 100」

2つの式の違いは何でしょうか?

としたらどうでしょうか.

 

こちらの違いは「100が含まれているかどうか」だけですね.

しかし,本当にそれだけの違いなのでしょうか?

もちろんここで思考を中断してもいいですが,それではやはり味気ないので,この「アタリマエに見える単純な疑問」を一緒に深掘りしていきましょう.

不等号の境界を探検

不等号に関する式 x < (ある数字)は,x の集合を表しています.

(ここで言う集合は,数の集まりのことを指します.)

(ある数字)を境目に,集合に含まれているか否かが定まる訳です.

 

この節では,不等式で定められる集合の境目(境界)を一緒に冒険していきましょう!

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上の図は,x < 100 を数直線上に表し,視野を拡大していったものです.

この図から分かることは何でしょうか?

 

それは,「いくら進んでもゴールが存在しない」ということです.

ゴールが存在しないというのは,境界となる数字が不等式で定められている集合内に含まれていないという意味です.

(ex) x < 100 の場合

境界となる数字100は,x < 100 の集合に含まれていない

集合内から100というゴールに向かう場合,

99 → 99.9 → 99.99 → ... と,100に限りなく近づくことはできる.

しかし,100自身にはなれない

つまりこの場合,集合内から100というゴールには永遠にたどり着けない

つまり,x < 100 の場合は「集合に最大値が存在しない」と言い換えられます.

 

以上のことから,

等号がついていれば,集合は最大(最小)値が定まる「カッチリと・正確な」ものであり,

等号がついていなければ,集合は最大(最小)値が定まらない「ふわっと・曖昧な」ものである

ことがわかりました.

 

等号の「アリ・ナシ」という形式の差異が,「カッチリ・ふわっと」という概念の差異を生み出すのは,非常に興味深いことだと個人的には思います.

小さな違い・大きな違い2選

先ほどの例では,不等号の「く」の字の下に等号(=)があるかないかの些細な違いが,決定的な変化を引き起こしていました.

 

このような,

「一見似ていて,実はまったく違う概念」

は,先ほどの例以外にも数多く存在します.

今回はそのような概念の中から2つピックアップし,

「どのような些細な違いが,どのような決定的な変化をもたらすか」

についてわかりやすく解説していきます.

等号(=)と不等号(<)

一番最初の例では < と ≦ の違いに着目しましたが,今回の例では等号不等号の違いに注目します.

 

等号と不等号に関しては,以下ような基本性質が知られています.

等号

a = b \Rightarrow a + c = b + c

a = b \Rightarrow a - c = b - c

a = b \Rightarrow ac = bc

a = b \Rightarrow \displaystyle \frac{a}{c} = \frac{b}{c}

不等号

a \gt b \Rightarrow a + c \gt b + c

a \gt b \Rightarrow a - c \gt b - c

a \gt b , c \gt 0 \Rightarrow ac \gt bc

a \gt b,c \gt 0 \Rightarrow \displaystyle \frac{a}{c} \gt \frac{b}{c}

これら二つの性質は一見,非常に似ています.

等号を不等号に置き換えただけのようにも見えますね.

しかし,これらをそう簡単に同一視してしまうと,そこで数学の世界は終わってしまいます.

 

ここは,第一回の記事通りに「アタリマエ」を疑っていきましょう.

Q.

等号と不等号の決定的な違いは何でしょうか?

A.

扱える情報量の違い / 対称律が成り立たない

名前が似ている等号と不等号ですが,

実は,等号と不等号では扱える情報量天と地の差なのです.

 

等号は「〇と△はピッタリ等しい」という,正確さを表すのに対し,

不等号は「〇より△の方がだいたい大きい(小さい)」という,曖昧さを表します.

 

また,等号で成立する

A = B \Rightarrow B = A という法則が,不等号では

A \lt B \nRightarrow B \lt A となり,成立しません.

 

この法則のことを,数学用語で「対称律」と呼びます.

 

要するに「両辺を入れ替えても関係は保たれるか」ということです.

「右辺と左辺を入れ替えられるかどうか」が,とても重要という訳ですね.

その分不等号は,等号よりも両辺を結ぶ関係が弱いといえます.

 

しかし,等号に比べて「関係が弱く,曖昧である」という特徴は,不等号の強みでもあります.

Q.

198(円/個)のリンゴ3個と,1470(円/房)のブドウ2房を買うには,何円所持していればよいか?

A.

198 < 200,1470 < 1500 と見積もると,

(198 × 3) + (1470 × 2) < (200 × 3) + (1500 × 2) = 3600

つまり,3600円所持していれば大丈夫

四捨五入や上記のようなお会計の概算などの近似計算は,不等号の強みが生かされる最たる例です.

(近似計算とは,切り上げ・切り捨て・四捨五入などを駆使して,真の値に近い値を求める計算のこと)

その点不等式は,より日常生活に寄り添った数学と言えるでしょう.

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有理数と実数

有理数実数は,どちらも第一回の記事で四則演算が定義できる数の集合として紹介しました.

 

たし算・かけ算しかできなかった自然数が,ひき算もできる整数の集合に広がり,さらに,わり算もできる有理数へと進化する.

この「様々な計算ができる便利さ」を求めて数の世界が広がる過程は,とても理解しやすいですね.

 

しかし,実数はどうでしょう.

実数は有理数と同様に四則演算ができる数の集合です.

そして無理数という,有理数には含まれず実数には含まれる数が存在します.

しかし,無理数であるルート2やπなどは,日常生活ではめったに使いません.

 

ではなぜ,実用性のない実数の世界ができたのでしょうか?

有理数と実数の明確な違いは何なのでしょうか?

Q.

有理数の集合と実数の集合は,どのような点で決定的に違うのでしょうか?

A.

有理数よりも実数の方がなめらか

第一回では問題のみを提示して,答え合わせをしていませんでしたね.

(なめらかとは,連続であるということ)

 

有理数有限の区間にも無限個存在します.

(ex)

0 < x < 1 の区間有理数は無限個存在する

(二つの有理数の間には必ず有理数は存在する

→ 1/2 と 1/3 の真ん中は,(1 / 2 + 1 / 3) / 2 = 5 / 12 で有理数となる)

しかし,第一回の記事でも述べた通り,数直線上の数は有理数だけでは取りつくすことができません.

無理数という,有理数ではない数が存在するからです.

しかも無理数は,有理数と同様に有限の区間にも無限個存在することが知られています.

 

つまり,有理数は無限個存在していて,数直線上では有理数の集合だけで直線をなすように見えますが,実際は

無理数という隙間が無限個存在しているとぎれとぎれの集合

なのです.

その点実数は,有理数無理数の集合が合わさった,とても滑らかな集合のように感じませんか?

 

「隙間だらけの有理数は,隙間を埋めたいという気持ちで実数を構成した」

 

この「隙間を埋めたい」気持ちは,人間の「心の隙間を埋めたい」気持ちとよく似ていて面白いですよね.

数学の厳密さ

些細な違いが決定的な変化をもたらす例として,

「 ≦ と < 」「等号と不等号」「有理数と実数」

の計3種類を取り上げました.

 

これら3つの組はそれぞれ,

 

「不等号の「く」の字の下に等号がついているか,ついていないか」

「等号という熟語の前に「不」という漢字がついているか,ついていないか」

無理数が集合に含まれているか,含まれていないか」

 

という,形式のわずかな差異から生まれる

 

「集合の境界がカッチリ・正確か,ふわっと・曖昧か」

「両辺の関係が強く・正確か,弱く・曖昧か」

「数の集合として滑らかか,隙間だらけか」

 

という,概念の大きな変化がありました.

 

これらの例を通して伝えたかったことは,

 

数学の厳密さ

 

についてです.

 

少しの違いが大きな変化をもたらすことは,(数学だけに限らず)あらゆる物事で往々にしてあります.

些細な部分を気にしないというおおらかさも時には必要ですが,それ以上に学問の発展には,多くの人達による「徹底的な不寛容の努力」が欠かせませんでした.

 

似ている概念を同一視することは,もちろん大事です.

ですが,似ている概念の異なる点をきちんと意識して,その差異を数式や言葉で表現することも,数学において非常に重要なプロセスといえます.

 

「少しの違いも見逃さないこと」が数学の厳密な点であり,他の学問にはあまり見られない特色です.

 

もちろん「数学は厳密さがすべてだ」と主張している訳ではありません.

なんでも最初から「厳密厳密」と,細部ばかりにこだわってしまうと,想像力の存在しない,退屈な「勉めて強いられる」勉強になってしまいます.

なので学校では,児童・生徒の健全な成長のために,定義や概念の正確さを多少犠牲にしてでも教えていますよね.

 

最後に二つの言葉を残して,今回の記事を締めくくろうと思います.

 

「厳密な論理のもと,数学は成り立っている」
「時と場合に応じて,厳密さを使い分ける」

広大な世界へ...

極限と ε-δ 論法

人類は長い歴史の中で,厳密な数学を獲得してきました.

その中で最も基礎的で重要なものが,節の見出しにもなっている

 ε-δ(イプシロン - デルタ)論法 です.

 ε‐δ 論法のステートメントは少しゴツいので,今回は ε‐δ 論法の「気持ち」だけでも紹介したいと思います.

 

ずばり,ε‐δ 論法とは「極限を厳密に定式化したもの」です.

 

極限 \lim_{x \to a} f(x) = A を,高校数学では

「x が a に限りなく近づくとき,f(x) は A に限りなく近づく」

のような,直感的な説明だけで済ませています.

 

しかし「限りなく近づく」という言葉が数式で定義されていない以上,この説明は厳密さに欠けています.

そのギャップを埋めるために存在するのが,他ならぬ ε‐δ 論法なのです.

 

この論法は自然の直観を正確に定式化したものなので,気になる方は実際のステートメントを見て,意味をよく考えてみてください.

→ イプシロン-デルタ論法 - Wikipedia

自力で理解しようとする不断の努力は,必ずあなた自身の宝物になりますよ!

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まとめ

今回のキーポイント

  • 形式の細かい違いが,概念の大きな変化につながることもある
  • 数学らしさは,その厳密さに起因している
  • ε-δ 論法は,自然な考えを定式化したもの

最後までご覧いただきありがとうございました.

次回の記事もお楽しみに!

参考文献

かわいいフリー素材集 いらすとや

https://www.irasutoya.com/

Wikipedia いろいろ